パリには、ガイドブックに載っているパリと、載っていないパリがあります。
エッフェル塔やルーヴルが前者だとすれば、これから書く場所は後者のパリ。地元の人がそっと知っていて、観光客がほとんど訪れない、神秘的な場所たちです。
サン・ジャック塔の周辺
リヴォリ通りの近くに、ぽつんと一本だけ立っている古い塔があります。サン・ジャック塔。
かつて存在した教会の鐘楼だけが残されたものです。塔のまわりは小さな公園になっていて、ベンチがいくつか置かれている。
面白いのは、この塔がかつて、錬金術師ニコラ・フラメルとつながりがあると言われている場所だということです。フラメルがここで何かしらの実験をしていた、という伝説が残っている。
夜にこの公園を通ると、塔のシルエットだけが街灯に照らされて浮かび上がります。観光客はほとんどいません。古い時代の記憶が、まだ薄く残っているような場所です。
錬金術師の通り
マレ地区の奥に、ニコラ・フラメルが実際に住んでいた家が残っています。
現在はレストランになっていて、外観はそのまま。建物の壁には、ラテン語の碑文が刻まれています。「神を畏れよ」のような、当時の信仰に関わる言葉。
観光客でいつも賑わう通りからほんの少し外れただけなのに、この一帯だけ、空気がしんとしています。
月が綺麗に見える橋
セーヌ川にかかる橋はたくさんあります。その中で、私が一番好きなのはポン・マリーという小さな橋です。
サン・ルイ島とマレ地区を結ぶ、十七世紀から残っている橋。観光客で混み合うポン・ヌフより小さくて、静かです。
満月の夜にこの橋に立つと、川面に映った月がゆっくり揺れます。人通りが少ないので、誰にも邪魔されずに、月と川の音だけを聴くことができる。
恋人たちの橋として有名な場所もありますが、私はこの橋に「ひとりで」立つのが好きです。
小さな教会の地下
パリには、サン・ジェルマン・デ・プレ教会のような有名な教会のほかに、観光客がほとんど訪れない小さな教会がたくさんあります。
そういう教会のいくつかには、地下に古い納骨堂や礼拝堂が残されています。見学が許されている場所もあれば、ミサの時間にだけ開かれる場所もある。
地下に降りていくと、空気の温度が変わるのが分かります。何百年もそこにあった石が、時間を蓄えている。
信仰の場であると同時に、それ以前の何か——もっと古い土地の記憶のようなもの——が眠っている気がする場所が、いくつもあります。
観光から外れた歩き方
パリを訪れる時、有名な場所を巡るのも素敵な体験です。
けれど、もし時間が許すなら、ガイドブックを閉じて、地図も持たずに、ただ歩いてみてほしいのです。
小さな路地、忘れられた広場、見落とされそうな小さな教会。そういう場所にこそ、パリの本当の顔があります。
そして、神秘的なものは、たいていガイドブックには載っていません。
月夜の古い橋の上で、ふと立ち止まれる時間。それだけで、その旅は十分にスピリチュアルなものになる気がしています。
