占い師として生きるということ——ヨーロッパからの視点

占い師として生きていますと、初対面の人に話すと、フランスでは少し独特な反応が返ってきます。

日本のように「えっ、当たるんですか?」とすぐに聞かれることは、あまりありません。

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「あなたはどの流派ですか」

代わりに、よく聞かれるのは「あなたはどの流派ですか」という質問です。

タロットなら、マルセイユ系か、ライダー・ウェイト系か、それともライダー以前の何か古い流派か。占星術なら、伝統占星術か、現代占星術か、ヘレニズム占星術か。

細かい話だと思われるかもしれませんが、フランスではこういう質問をする人が、それなりにいます。占いの世界に、それぞれの流派が確固として存在していることを、多くの人が知っているからです。

「スピリチュアル」という言葉の重み

日本で「スピリチュアル」と言うと、どこか軽やかで、ふんわりした響きがあります。

けれどフランスでこの言葉に近い「スピリチュエル」を使う時、もう少し重さが伴います。

それは宗教史の長さと関係しているのかもしれません。フランスはカトリックの長い歴史を持つ国で、教会と神秘主義との関係は何百年にもわたって議論されてきました。「スピリチュエル」という言葉は、その長い議論の上に立っている言葉なのです。

だから、軽い気持ちで使うと、相手が少し戸惑うことがあります。

占い師は、奇跡の人ではない

日本では、占い師にどこかで「奇跡の人」のような期待を持たれることがあります。

「未来を当ててください」「私の運命を教えてください」。それは温かい期待でもありますが、ときに重い期待でもある。

フランスでは、もう少し違います。占い師は奇跡の人ではなく、「カードや星を読む技術を持っている人」として扱われることが多い。職人に近いかもしれません。

だからクライアントも、自分の責任で来ます。「占いに人生を委ねる」のではなく、「占い師の読みを参考に、自分で決める」という姿勢が当たり前です。

日本に帰国した時に感じること

数年に一度、日本に帰国します。

帰国するたびに、占いの位置付けが日本とフランスでこんなにも違うのかと、改めて感じます。

日本には、雑誌の星占いから、街角の占いの館まで、占いがエンタメとして社会に深く溶け込んでいる。それは素敵なことだと思います。気軽さがある。誰でもアクセスできる。

一方で、占いを「軽い遊び」として扱う風潮と、「人生のすべてを賭ける」ような重い扱いとが、同じ社会の中に共存している。その振れ幅の大きさに、ときどき戸惑います。

どちらが良い、ではない

フランスの方が良い、と書きたいわけではありません。

それぞれの文化に、それぞれの占いとの距離があります。日本には日本の、ヨーロッパにはヨーロッパの、付き合い方がある。

ただ、占いを生業にする者として、両方を知っていることは、私にとって大きな財産だと感じています。

問いを残す

あなたにとって、占いとは何でしょうか。

娯楽でしょうか。指針でしょうか。逃げ場所でしょうか。それとも、自分自身と向き合うための鏡でしょうか。

正解はありません。問いが残るだけで、十分です。

問いを抱えて生きる時間の方が、答えを急いで決めてしまう時間より、たぶん豊かなのです。

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