占い師になりたいと思って、なったわけではありませんでした。
カードに呼ばれた、と書くと少し大袈裟に聞こえるかもしれません。それでも、あの日のことを思い出すたびに、私はそう書く以外の言葉を持ちません。
蚤の市の片隅で
パリの北側、クリニャンクールの蚤の市に通うようになったのは、フランスに来て三年目の春でした。週末になると、私はメトロに乗って終点まで行き、迷路のような露店を歩き回るのが好きだったのです。
古い銀の指輪、誰かが手放した手紙、剥がれかけた油絵。何かを買うつもりはなくて、ただそこにある時間を吸い込みに行っていたような気がします。
その日は雨上がりで、石畳がまだ濡れていました。いつも通り過ぎる骨董屋の隅に、小さな木箱が置いてありました。蓋の塗料はほとんど剥げていて、中には何かが詰まっているようでした。
店主に断って、蓋を開けてみました。出てきたのは、古いタロットデッキでした。
指先がほんの少しだけ温かくなった
カードを手に取った瞬間、指先がほんの少しだけ温かくなったのを覚えています。気のせい、と片付けてもいい程度の温度でした。けれど私は、その温度を覚えてしまった。
店主は「もう何年もここにあるのよ」と笑いました。値札はついていませんでした。「気に入ったなら、いくらでもいいわよ」と言われて、私は財布の中の小銭を全部置いていきました。
家に帰って、カードを一枚ずつ並べました。78枚。一枚も欠けていませんでした。
意味を知らないまま、引いてみた
正直に言えば、その時の私はタロットの意味をひとつも知りませんでした。それでも、なぜか引いてみたくなったのです。
シャッフルもおぼつかないまま、一枚だけ引きました。出てきたのは「星」のカードでした。
夜空の下、女性が水を注いでいる絵。意味は知らなくても、その絵が私に何かを差し出しているのは、なんとなく分かりました。
それから図書館に通って、タロットの本を借りるようになりました。読み始めて、ようやく「星」のカードが希望や癒しを意味することを知ったのです。
占い師になるつもりはなかった
占い師になるつもりは、本当にありませんでした。ただカードのことを知りたかっただけでした。
けれど、友人が悩んでいる時に「カードを引いてみる?」と言うようになり、その友人がまた別の友人を連れてきて、気がつけば私は誰かのためにカードを引く時間を持つようになっていました。
お金をいただくようになったのは、ずっと後のことです。
あなたにも、きっとある
占いに惹かれる人には、きっとそれぞれの「あの日」があると思います。誰かに教わるよりも前に、何かに呼ばれた瞬間が。
それは蚤の市の木箱とは限りません。本屋の片隅かもしれないし、誰かに見せてもらった一枚かもしれません。あるいは、ただ夜空を見上げていた時の、何でもない瞬間かもしれない。
もし思い出せたなら、その日のことを少しだけ大切にしてみてください。
カードを引く理由は、いつもそこに戻ってくる気がしています。
