タロットを学び始めた頃、私は大アルカナの意味を必死で暗記しようとしていました。
「愚者は始まり、自由、リスク」「魔術師は意志、創造、行動力」——そんなふうにキーワードを並べたメモを作って、毎晩眺めていたのです。
けれど、ある日気がつきました。意味を覚えれば覚えるほど、カードが小さくなっていく。
暗記をやめた日
フランスのある古いタロットの先生が、私にこう言いました。「カードは辞書じゃない。物語の登場人物よ」
その言葉が、ずっと胸に残っています。
大アルカナ22枚は、ばらばらに並んでいるわけではありません。0番の愚者から始まって、21番の世界に辿り着く、ひとつの長い旅。そう読むと、急にカードが立体的になるのです。
愚者は、まだ何も知らない
愚者のカードを思い出してみてください。崖の上で、犬を連れた若者が、空を見上げて笑っています。後ろには小さな鞄ひとつ。
彼は何も知りません。これから何が起こるかも、自分が何者になるかも。けれど、彼は歩き出します。
私たちが何かを始める時、いつも愚者の姿になります。準備不足で、覚悟も曖昧で、それでも「行ってみよう」と思った瞬間に、旅は始まっている。
途中で出会う人々
愚者は旅の途中で、たくさんの人に出会います。魔術師には行動の力を、女教皇には沈黙の知恵を教わる。皇帝には秩序を、皇后には豊かさを学ぶ。
それぞれのカードは、人生のどこかで出会う「先生」のようなものです。彼らは試練もくれるし、贈り物もくれる。
面白いのは、どの先生も完璧ではないということです。皇帝はときに頑固すぎるし、隠者はときに孤独に閉じこもる。完璧でない先生から、人は何かを学んでいく。
塔が倒れる時
大アルカナの中盤、16番に「塔」というカードがあります。雷に打たれて崩れる塔の絵。たいてい不吉なカードとして語られます。
けれど、塔は壊れなければならなかったのだと、私は思います。
愚者の旅は、塔の手前までは「積み上げる旅」です。経験を積み、知識を積み、自分という塔を高くしていく。けれど、ある時その塔が自分を縛り始める。
塔が崩れる瞬間、人は怖い。けれど、瓦礫の中から見える星空は、塔の上からは決して見えなかったものです。
世界に辿り着く
21番の世界のカードには、リースの中で踊る人物が描かれています。完成、達成、ひとつの旅の終わり。
けれど、よく見るとリースは閉じていません。少しだけ開いているのです。
世界に辿り着いた愚者は、もう一度愚者に戻ります。新しい旅へ、また歩き出していく。
タロットは円環です。どこにも本当の終わりはありません。
カードの見え方が、変わるかもしれない
明日、もう一度タロットを開いてみてください。意味を思い出そうとしないで、ただ絵を眺めてみてほしいのです。
そこにいる人物が、今のあなたに何を語りかけているか。それを聞き取れた時、カードは辞書ではなくなります。
旅は、まだ続いています。
