「魔女」という言葉を使うと、日本ではどうしてもファンタジーや童話の響きが先に立ちます。
けれどヨーロッパで魔女について話す時、その言葉はもう少し重たく、もう少し生活に近いものとして響きます。
村に一人いた、薬草の人
中世のヨーロッパには、村に一人くらいの割合で「薬草の知識を持つ女性」がいました。
お産を手伝い、熱を下げ、傷を縫い、ハーブで眠りを誘う。彼女たちは医者ではありませんでした。けれど、医者がまだ少なかった時代、彼女たちの知識は村人にとって命綱でした。
ハーブを煎じる手つき、星の動きを読む目、月のサイクルに合わせた手当て。それは長い時間をかけて受け継がれてきた、土地の知恵でした。
魔女狩りという暗い時代
十五世紀から十七世紀にかけて、ヨーロッパでは魔女狩りと呼ばれる悲劇が起こりました。
数字には諸説ありますが、何万人もの女性たちが「魔女である」とされて命を落としたと言われます。火刑、絞首、溺死。村に一人いた薬草の人が、ある日突然、罪人とされてしまう。
歴史の教科書ではさらりと触れられるこの時代を、ヨーロッパに住んでみると、まったく違う重さで感じることがあります。
小さな町を歩いていると、広場の片隅に「ここで何人の魔女が処刑された」と書かれた碑が建っていることがある。観光案内には載っていない、土地の記憶です。
知恵は途切れず、地下に潜った
魔女狩りの時代、薬草の知識やリチュアルの知恵は表立っては失われたかに見えました。
けれど実際には、家庭の台所、おばあちゃんの引き出し、村のおまじない、レシピノートの片隅に、それらは残り続けました。
「風邪をひいたらこのハーブティー」「新月にはこの願掛けを」「満月の前日は爪を切らない」——そういう小さな習慣の中に、魔女と呼ばれた人々の知恵は溶け込んでいったのです。
現代のウィッカと、それ以前のもの
二十世紀になって、「ウィッカ」と呼ばれる現代魔術の流れが生まれました。
儀式を体系化し、季節の祭りを大切にし、自然と調和して生きる。本屋に並ぶ「魔女の本」の多くは、このウィッカの影響を受けています。
ウィッカはひとつの美しい流れです。けれどヨーロッパには、ウィッカ以前から続いてきた、もっと地味で、もっと家庭的な魔女文化もあります。
私が個人的に惹かれているのは、後者の方です。
観光地にならない場所で
フランスの田舎町を旅すると、ときどき小さな専門店に出会います。
ハーブの瓶がずらりと並び、手書きのラベルが貼られている。店主は中年の女性で、何を買えばいいか聞くと、まず「あなたの体の調子はどう?」と聞いてくれる。
そこは「魔女の店」とは書かれていません。ただの「ハーブとお茶の店」です。けれど、棚の構成、店主の知識、客との会話の温度を見ていると、それは確かに古い知恵の延長線上にあるのが分かります。
観光地にはならない、こういう場所にこそ、私はヨーロッパの魔女文化のリアルがあると感じています。
恐れず、英雄視もせず
魔女について語る時、極端な反応に流れがちです。
「魔女は怖い」と切り捨てるか、「魔女はかっこいい」と憧れるか。
けれど、本当の彼女たちはたぶん、ただ生活の中で知恵を使ってきた普通の女性たちでした。子育てに悩み、失恋に泣き、月経痛にハーブを使い、満月に少しだけ深く眠る。
恐れることもなく、英雄視することもなく、彼女たちのことを思い出せたら。
それはきっと、自分の中の「治癒する力」を思い出すことに、似ている気がしています。
